天然石・パワーストーンの「クリスタル・ドリーム」のショップブログです☆ 本日の新作情報や、愛犬の獅子丸、今日読んだ本などを 主に掲載してます☆
癌で死ぬということ
2016-02-10 Wed 12:32
ところで、今までに いろんな癌の本を読んできましたが

中には「癌で死ぬのも悪くない」(余命も大体わかるし)
「癌で死ぬのは 痛くない」など、割と
ポジティブな本もあり、そんなものかな、と思ったりもしましたが

父の場合は 骨の癌の痛みがひどく

今まで薬などを あまり服用しなかったからか

すごく薬にもすごく弱くて

そんなに吐き気が出るような薬じゃないのに
薬を服用すると 吐き気がひどいようで

先生も薬の処方にすごく迷ったりしながら
いろいろ試しながら やってくださっているようでしたが

薬が少ないと全身が痛み、
薬が合わないと 一日中 吐き気に苦しみ

全身が浮腫でむくみ
足はカンカンに 硬くなっていて

最期は非常に苦しんでいて

それをみると 癌で死ぬのも 怖いな、と思いました。

そして、父は生前 みんなが そう感じるように
良いことしかなかったような人で

面倒見もよく 人徳も厚く
死んだら 間違いなく天国に行くと思われている人でしたが

最期 あんなに苦しんだ、ということに
みな 驚いた。

そして、うちの母が あまり面倒見が良いほうではないので
そんな熱心に介護するということでもなく

亡くなる前日は 「おええ、おええ」と本当に苦しんでいたので
私も 「今日、一日くらい 泊まってあげたら」と言いましたが
結局 泊まってあげることはなく

帰りに 弟が母を迎えに行ったとき

「そしたら 弟が迎えに来たから 帰るわ」と母が言うと

うんうん、と 父が頷いていたそうですが

その時の悲しそうな、寂しそうな目が
今でも 忘れられない、と 弟が言っていて

母は
「あの人、最後の日は 特に苦しんでたけど
 人生の最後の最後まで 苦しいから 一緒におってくれ、と
 よう言わへんかったなあ」と言っていましたが

夜、一人で 本当に孤独に苦しんだ、と思います。

それで、弟や 親戚と
「あんなに 良い人が 最後にあんなに
 苦しむことになるなんて・・・ なんで?」と 
何度となく 言いましたが

結局、以前、父が 意識が朦朧とする中

「なんにでも 役割というのがある。
 痛みを受け持たないといけない役割がある。
 だから、できるだけ 薬を飲まずに我慢しないといけない」ということを言っていましたが

そういうことなんかなあ、と
思ったりもします。

よく生きている間に 他生の清算をする、と言いますが

夜、たった一人で 痛みや 
誰も助けてくれない孤独、などをひたすら
味わわなければならない、というような
因縁というようなものが 最後に残っていたのかも。

その非常に大変な部分を 人生の最後に残していたとしたら

病院のお医者さんが
「ひょっとしたら 新種の癌かもしれない。
 こんな勢いのある癌は 初めてです」とおっしゃっていましたが

去年の11月くらいは まだ 普通に元気だったのに
12月半ばに急激に弱り

1月末に あっという瞬間に他界してしまいましたが

一遍に苦しんで、期間としては短かった、ということなのかもしれない、と
思ったりしましたが

そこで 不可解なのは

「本当は この役割は 俺じゃなかった。
 でも 先生に 「それは違うで、それは 俺の役割やで」と
 言われたから、俺の役割になったから 我慢しないといけない」と

言ってましたが じゃあ、誰の身代わりになったのか、と いうこと。

そんなの 薬での(モルヒネの) うわごと、と思う人も多いと思うけど

ひっかかるのは 今年の初春に 私が一冊の本を読んでいて

(最近、多忙で まったく まともに本も読めていなかったんですが)

その本は 「生きがいの創造」などを執筆された
飯田史彦先生の本だったんですが
(もともと 教授で死後の世界も一切否定していた先生が
 催眠術を通じて 死後の世界を確信していく、
 前世を語る人々を通して 今の人生を考えるというような本ですが)

そういう類の本って もう読みつくしているので

さほど興味なくも、なんとなくブックオフで100円だし
なんとなく 読んだ 新しい本で 題名も忘れたんですが

飯田先生が ホスピスで これから 亡くなっていく方との
会話のやりとり・・・という 感じの本で

さほど興味なく 読んでいたんですが

二つ、ものすごく 心に残って ひきつけられたのが

若くして死んでいく 女性が
「自分が なぜ 死ななければいけないのか
 全然、理解できない! なぜ 私が」と納得できない様子だったところを

飯田先生が なぜ、死ななければいけないのか、ということは
明確に自分は 解る体質なんだ、というようなことを おっしゃって

「あなたの場合はね、本当は 息子さんが 亡くなるはずだった。
 けれど 生まれる前に 息子さんの変わりに 自分が死ぬ、と
 決めていたからだ」と言うと

女性が 驚いて
「それこそ、自分の求めていた答えだ!
 息子の為に 今 私が死ななければならないなら
 喜んで受け入れる。ありがとうございます。
 本当に うれしい」という会話があり

算命学でも 運命は運命を持って交換できる、という項目があるんですが

「あっ、ほんとに 交換できるんだ」と思ったんですが

父も そんな話をしていたので

どきっとした。

誰と交換したんだ・・・と。

(ちなみに 私は 今年 恐ろしく運勢が悪くて
 もう15年くらい前から この年が 一番 怖い。
 ここで、癌で 自分が死んでも おかしくないくらい悪いんだけど・・・と
 (もしくは ちびこ)言ってきてたんですが
 今年の健康診断は オールA で むしろ 驚いたくらいですが・・・
 (今ままで 乳がん検査では ず~~~~とE判定で
  経過観察だったのにも かかわらず))

それ、誰と 交換したんだろ、と

たまに ふと 思ったりする。

そして、飯田先生の本で もう一つ印象的だったのは

今 この瞬間に 耳では 聞こえないけれども
全ての人と 会話している、(先祖も含め)というところ。

人間って 一人じゃなくって
全体的な イメージなんだな~っと

なんとなく 想像できるような フレーズだな、と思ったり

連綿と 先祖をつながっていて
そこに 父も帰っていった、という 感じがする・・・・

ちなみに ちびこの中では おじいちゃんは生きていて

遺影を前に 一緒にごはんを食べて

「おじいちゃん、ちびこのスプーン使ってもいいよ。」
「あっ、おじいちゃんに ちびこの おかしあげなくっちゃ」
「おじいちゃんと 夢の中で 遊んだ~」と 言っていますが

たまに
「おじいちゃんが 死んでしまったから
 おじいちゃん、かわいそうで 
 それを考えると 眠れない」と言ったり

「大きくなったら 妖精になって そらを飛んで
 天国まで 続く階段を 登っていって
 天国で おじいちゃんが 何をしているか
 見てみたい」と おじいちゃんに対する関心は まだまだ高い。

病室にいるときは

「ちびこ 早く 大きくなって
 おじいちゃんに お水を飲ませたり
 お茶を飲ませたりして 面倒をみたい」と
言って みんなを 驚かせていましたが・・・


 

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